医療情報学連合大会ワークショップ発表資料
リハビリテーション法第508条の電子・情報技術アクセシビリティ基準

2001年11月26日に、第21回医療情報学連合大会のワークショップ「地域の医療福祉にウェッブ技術ができること、なすべきこと」で「米国リハビリテーション法 第508条の電子・情報技術アクセシビリティ基準」について発表させていただきました。その発表用に原稿を作成していたのですが、実際の場ではかなり脱線してしまい、十分に説明し切れなかった部分もあります。
そこで元原稿に一部見直しをかけてここに掲載することにしました。発表用の口語調のままにしていますので、多少お見苦しい点はご勘弁ください。

「リハビリテーション法第508条の電子・情報技術アクセシビリティ基準 」について

KeiYu HelpLab石田優子と申します。隣は夫の石田圭介です。よろしくお願いいたします。
私はアクセシビリティについての調査なども行っておりますが、一介のテクニカルライターでして、このような場にお招きいただきまして恐縮しております。ただ、私たち夫婦は、先天性脳性麻痺で1種2級の障害者でかつインターネットとコンピュータに詳しい夫と、テクニカルライターの妻という結構珍しい組み合わせです。その意味で、建前でなく実感としてWebアクセシビリティについてご紹介させていただければと思います。

さて、本題の第508条の話に入ります。
そもそもリハビリテーション法は、米国における障害者の雇用、自立、社会参加を支援する法律です。第508条は、1986年のリハビリテーション法の改正時に追加されました。連邦政府が調達、使用する製品や、一般市民に提供する情報、サービスに対して、障害を持つ政府職員や一般市民が、障害を持たない政府職員、一般市民と同等にアクセスできることを保証するものです。
1986年の段階では、508条は、まだ努力目標でした。具体的な基準もなかったため、実際にはあまり効力を発揮しませんでした。このため、1998年にさらに改正され、508条の施行規則として「電子・情報技術アクセシビリティ基準」を作成し、それが過度の負担とならない限り、基準を遵守することが明記されました。この508条の改正により、「電子・情報技術アクセシビリティ基準」が生み出されました。

「電子・情報技術アクセシビリティ基準」が公示されたのは、2000年12月21日です。その後、6ヶ月の猶予期間を経て、実際には2001年6月21日を目安にスタートが切られています。6月21日以降政府が基準を満たしていない場合は、個人が政府に対して訴訟を起こすことができることになっています。
現在までのところ、まだ具体的な訴訟は起きていないとのことですが、以前の努力目標から一歩進んだ強制力を持つ法律が制定され、基準が明確化されたことで、政府機関、メーカーともに真剣な取り組みが見られます。

電子・情報技術アクセシビリティ基準では、ソフトウェア・OS、Webベースのイントラネット、インターネット情報およびアプリケーション、電気通信製品、ビデオ・マルチメディア製品、コピー機・FAXなどのソフト内蔵の製品、パソコンなどについて、これらを障害者が使用できるようにするために、どのような機能を盛り込まなければならないかを、具体的に示しています。

アクセシビリティ基準の中で、とりわけ注目されたのが、「ウェブベースのイントラネット、インターネット情報およびアプリケーション」の項目、つまりはウェブサイト、ホームページのアクセシビリティについて取り上げた部分です。
これまで、ウェブサイトのアクセシビリティについては、W3C(ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアウム)が公開している「ウェブ・コンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン」などがありましたが、法律上の強制力を持つ具体的な基準が提示されたのは、「電子・情報技術アクセシビリティ基準」が初めてです。

「電子・情報技術アクセシビリティ基準」では、(a)から(p)まで16項目にわたってウェブサイトのアクセシビリティを確保する基準が取り上げられています。W3Cのウェブ・コンテンツ・アクセシビリティ・ガイドラインの場合、優先度1から優先度3まで60以上の項目にわたっており、現時点では実装が難しい技術や、判断基準が曖昧な項目も含まれていました。これに対して「電子・情報技術アクセシビリティ基準」では、W3Cの優先度1の項目を中心に実用性の高い問題にポイントをしぼってまとめられています。

さて、具体的な項目の内容についてですが、ここでは時間の都合で、主要な何項目かと、それを実現するためのテクニックをご紹介します。
まず、項目(a)は、「非テキスト要素には、それぞれテキスト等価物を提供しなければならない。」つまり画像や音声、動画などのテキスト以外の要素をウェブページに表示する場合、それぞれの内容を同じくらい詳しく説明するテキストを付けなければならないという規定です。テキストは汎用性が高く、画面読み上げソフトや画面拡大ソフトをはじめ、障害者を支援する多くのアシスティブ・テクノロジーで使用できます。このため、テキスト以外の要素に対して同等のテキストを付けるということがアクセシブルなウェブページ制作の大きなポイントになります。

具体的には、画像や音声などをHTMLで指定する場合に、それぞれに対して、alt属性やlongdesc属性でテキストの説明を付けます。例では、chart.gifという画像に対して、altで「売上グラフ」というテキストを付け、さらにlongdescでsales.htmlというファイルにリンクしています。

例:
<IMG src="chart.gif" alt="売上グラフ" longdesc="sales.html">

これを実際の画面で見ると、次のようになります。

画像オフとオンの画面例

左側が画像がオンの場合で、右側が画像がオフの場合です。オフでは画像の代わりに「売上グラフ」というaltの代替テキストが表示されています。一方、longdescで指定された別ファイルにジャンプする方法は使用しているソフトによって異なります。まだlongdescに対応していないブラウザも多いので、画像の下に通常のハイパーリンクを設定し、詳細説明ファイルにジャンプさせるという手もあります。
画像に対してaltで簡単なテキストを付けているサイトは多いのですが、図表など、複雑な情報の画像に対しては、十分な説明がされていません。視覚障害者がインタネットで十分な情報を得るための重要なポイントですので、この点は是非留意していただきたいと思います。

項目(c)の「Webページは、カラーで伝達される全ての情報が、文脈やマークアップなどによって、色なしでも利用できるように設計されなければならない。」は、弱視や色覚障害のある方にとって重要な項目です。
パステルカラーどうしを重ねたような配色は、弱視の方にとって文字が見えにくかったり、色覚障害のある方に文字が区別しにくくなったりする可能性があります。緑色の背景に赤色の文字のように、色の違いがあるようでも、色覚障害の種類によっては非常に区別しにくい組み合わせがあります。
次の画面左は、緑色の背景に赤色の文字の配色を、色覚障害のシミュレーションパレットを利用して表現した例です。文字が非常に読み取りづらくなるのがお分かりいただけるかと思います、

文字え色覚障害シミュレーションパレットで表示した図


配色の問題を解決するには、まず、白と黒、黒と黄色など、コントラストの強い色の組み合わせを使用します。また、ユーザー側がそのページの色の指定を無効にし、自分の好みの配色で表示できるようにします。具体的なテクニックとしては、色指定に、ユーザー側でオン/オフが可能なスタイルシートを使用することが挙げられます。

項目(L)の「スクリプティング言語を使用する場合、スクリプトによって提供される情報と、アシスティブ・テクノロジーで判読できるテキストが同等の機能でなければならない。」は、JavaScriptなどを使用する場合に注意が必要な項目です。
JavaScriptを使用したプルダウンメニューなどがよく利用されていますが、一般的な読み上げソフトではJavaScriptに対応していないものが数多くあります。このため、視覚障害者が閲覧する際に、メニューを選択して他のページに移動することがまった不可能になる場合があります。また、上肢障害などでマウスを思い通りに動かしにくい方の場合、プルダウンメニューから目的の項目を選択するのが非常に困難な場合もあります。
対策としては、JavaScriptオフ用のメニューなどを別に制作し、オン/オフフで自動切換えする方法などがあります。また、そもそもJavaScriptが本当に必要かどうかもよく考えてください。例のようなプルダウンメニューは、一般ユーザーからも操作しづらいとあまり評判が良くありません。

項目(n)の「オンラインで記入するように設計されている電子フォームをアシスティブ・テクノロジーを使用しても利用できるようにする。」は、フォーム機能に関するものです。

オンラインショップなどで製品を購入する場合、製品や支払い方法を選択し、住所や氏名を入力して「送信」ボタンを押すというのが一般的な方式ですが、マウスを使用できず、キーボードで操作する人の場合、フォームの入力欄の移動が大変です。このため、HTML 4.01ではaccesskey属性で各入力欄にA,B,Cのようなキーを割り当て、そのキーを押すと該当する入力欄に移動できるように設定することができます。ただし、このテクニックは、まだ対応ソフトが少ないのと、キー割り当ての統一が難しいため、まだ一般には広がっていません。
画面読み上げソフトの場合は、入力欄とその項目名が音声を聞いている人間によく分かるようにするのが大切です。

例のフォームでは、項目名が横並びになっているので、「氏名」「年齢」「テキスト」「テキスト」と読み上げられたりして、分かりにくくなります。
また、送信、取り消しなどのボタンに画像を使用している場合は、それぞれを説明するテキストをalt属性で付ける必要があります。すべての項目を入力したのに、画面読み上げソフトでは肝心の送信ボタンが判別できないので、買い物をあきらめた、というような話を実際に聞きますので、このような点もご注意ください。

フォームの例

さて、以上4項目についてご説明しましたが、アクセシビリティ基準では、このように、障害者がウェブサイトにアクセスする上で問題となる個所が具体的に指摘されています。米国の主要な政府関連のサイトは、この基準に合わせて次々とリニューアルされました。私がアクセシビリティ基準の実施後に米国政府の任意10サイトを対象に行った調査でも、90%程度のページはアクセシビリティ基準を遵守していました。政府関連のサイトは2万以上あり、そのすべてのサイトのすべてのページが一挙に基準を満たしているわけではありません。しかし、新規に作成されるページについては、基準を意識したつくりに変わっています。

アクセシビリティ基準は、現在はまだ政府機関のサイトにのみ遵守が義務付けられていますが、将来それが民間サイトにまで広がる可能性もあります。また、現段階でも第508条以外の法律も踏まえて、障害者がアクセスできないようなサイトが訴えられる可能性があります。現に、1999年には、全米視覚障害者連盟が、米国最大のインターネット・サービス・プロバイダーであるAOLを、AOLのサービスが視覚障害者には利用できないものであり、これは「障害を持つアメリカ人法」に違反しているとして提訴しています。この件は結局和解が成立し、告訴が取り上げられたのですが、508条の施行により、今後同様の訴訟が増えて行くのではないかとの見方があります。

このため、民間のデザイナーの間でも、アクセシビリティ基準の内容とその実装のテクニックについての関心が高まっています。
また、ウェブデザイン関連のツールを開発しているメーカーは、各製品にアクセシビリティ支援機能を追加しています。メーカーによっては、制作したページが508条を遵守しているかどうかをチェックするツールを提供したり、508条向けの技術セミナーを開催したりしています。この結果、アクセシビリティを確保したウェブページを作成することは以前よりも簡単になってきました。

さて、その次の段階で問題となるのが、アクセシブルなページと、見栄えの良さが共存できるかということです。実際、508条の施行にあたって、米国のウェブデザイン業界にも反発がありました。少数の障害者のために、ビジュアルを犠牲にしてテキストばかりの無味乾燥なページにしなければならないのか、また、余計な手間をかけなければならないのかといった声です。

デザインとアクセシビリティの共存については、まだ試行錯誤の段階ですが、打開策がないわけではありません。
たとえば、ホワイトハウスの公式サイトは、8月末に大幅にリニューアルされました。従来のサイトよりもカラフルな配色で、動画や音声などもふんだんに取り込んでいます。しかし、それらの動画や音声に対して必ずテキストなどを付けることで、アクセシビリティも同時に確保しています。
サイトをアクセシブルにするコストですが、最初からアクセシビリティを考慮してサイトを企画、設計すれば、通常のサイトを制作するのとあまり変らない工数でアクセシブルなサイトを制作することができます。ただし、アクセシビリティを考慮しないで制作されたサイトを後から設計しなおすのは、根本的な変更を迫られ、大きな工数がかかる場合が多くなります。したがって、サイトの企画段階からアクセシビリティも検討することが、結局はコストを低く抑えるポイントになります。

また、アクセシビリティを確保する上では、スタイルシートなどを使用して文書の構造、内容と見栄えを分離するという考え方が基本になります。これによって、同じページでも、文字サイズや色、レイアウトなどを閲覧者が自由に変更することが可能になる上、HTMLの後継とみなされているXMLなどの新技術にも容易に移行できます。さらに、携帯電話などエンドユーザーの表示環境が多岐に渡る場合でも、この方法ならばデータを利用しやすくなります。単に障害者の利便性を考えるだけでなく、今後のウェブ技術の展開を考えても、アクセシブルなページ作りは参考になるというわけです。

さて、ここまで米国のアクセシビリティ基準について見てきましたが、最後に、現在の日本の対応状況について簡単にご紹介いたします。日本には508条のような強制力のある法律は現在ありません。パソコン、ワープロ、ソフトウェアなどについては、「障害者・高齢者等情報処理機器アクセシビリティ指針」、電話機やFAX、モデムなどについては「障害者等電気通信設備アクセシビリティガイドライン」が告示されていますが、ともに強制力はありません。また、これらの指針ではウェブ・アクセシビリティについては深く触れられていません。
ウェブ・アクセシビリティについての政府の取り組みとしては、現在、総務省がJ-WASというアクセシビリティチェックシステムの実証実験を行っています。J-WASはまだ実験段階ですが、このようなチェック・評価システムの実用化のほか、JISでも3年後程度を目処にアクセシビリティ基準作りを目指しているとのことです。

  • J-WASの実証実験は終了し、現在は実証実験結果を改善した「ウェブヘルパー」のテスト版を公開中です。

さて、あと一言終わりの言葉として述べさせていただきたいのですが、私が夫とともに毎日実感しておりますように、障害者にとって、ウェブは情報、サービスを得るまたとないツールです。印刷物やテレビ、ラジオでの情報収集が困難な方や、歩行が不自由で行動半径が限られがちな方でも、パソコンや携帯端末があればすぐにアクセスできる。こんなに便利なことはありません。ただ、少しの配慮のなさから、ウェブのあちこちに障壁ができているのが現状です。公での明確の基準作りとともに、サイト運営者、デザイナーなど個々人のレベルでも、ウェブ・アクセシビリティの重要性について認識を深めていっていただくことで、障害者イコール情報弱者という現在の図式の変更も不可能ではないと、思います。